「またね、と手を振る葬儀」
2026/04/04
「またね、と手を振る葬儀」
はじめて会ったのは、
ひいおばあ様のお葬式だった。
まだ小さな双子の兄弟は人懐っこく、
短い時間の中でも、いつの間にか距離が縮まっていた。
帰る頃には、お菓子を分けてくれるほどで、
まるで親戚の子どもたちのように、手を振って別れた。
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あれから、約半年。
思いがけないかたちで、再びそのご家族と向き合うことになった。
そもそものきっかけは、ひいおじい様だった。
喫茶店で、たまたま見かけたひとりの男。
それが、私の父だった。
多くの言葉を交わしたわけではない。
それでも「この人に頼もう」と、心の中で決めてくださっていたという。
その想いが、ご縁となり、
最初のお葬式へとつながっていった。
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そして今、
その方ご自身をお見送りする日を迎えている。
お通夜を終え、すぐに車を走らせた。
少し距離のある病院への道のりだったが、
無事にたどり着いたとき、あの双子が真っ先に出迎えてくれた。
「覚えてるよ!」
そう言って、にっこり笑う。
その笑顔に触れた瞬間、
それまでの疲れが、少しだけやわらいだように感じた。
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病室まで案内してくれたあと、いったん別れ、
ご自宅へお連れし、葬儀の日を迎えた。
再び顔を合わせると、
二人は当たり前のように駆け寄ってくる。
その存在が、場の空気をやわらかくしてくれる。
悲しいはずの時間の中に、
ときどき笑いが生まれ、
どこかあたたかい空気が流れていた。
ひいおじい様がつないできたものが、
この場にも、確かに残っている。
そんなふうに感じた。
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一緒にお見送りをして、
ときには手伝ってくれて――
気がつけば、
それは“悲しいだけの時間”ではなかった。
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帰る時間が来て、
二人は最後まで手を振ってくれた。
そのとき、ふと、こんな言葉がこぼれた。
「ぼく、葬儀屋さんになりたい」
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なぜ、そう思ったのかはわからない。
けれど、もしこの時間の中で――
人に優しくすることや、
別れを大切にすること、
命を軽く扱わないこと。
そんな気持ちが、少しでも伝わっているのなら、
それだけで、この仕事をしていてよかったと思える。
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そしてそれは、私ひとりの力ではない。
喫茶店で偶然見かけられ、
何気ない姿のまま選ばれた父と、
その父が、いつも自然に寄り添いながら、
まるで親戚のような距離で、一緒に見送ってきたこと。
その積み重ねがあってこそ、
今のこのご縁があるのだと思う。
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ご喪主様をはじめ、ご家族の皆さまから
「本当にお願いしてよかった」と言っていただけたことも、
何よりの励みとなった。
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費用を抑えたい。
その思いも、
しっかりと送ってあげたい。
その願いも。
どちらも大切にしながら、
その人らしいお見送りを、一緒に考えていく。
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お葬式というものは、
誰かを送り出すだけではなく、
これからを生きていく誰かに、
何かを手渡す時間でもあるのだと思います。
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※現場で出会った想いをもとに、大切に形にしています。


